日記・コラム・つぶやき

あいの土山マラソン

今日、あいの土山マラソンに出た。参加者数2,940名。気のせいかも知れないが、参加者以上にたくさんの人が会場に来ていることだ。
こうも盛り上がっている訳は、会場にくればすぐに判る。物産コーナーが充実していて、参加者に対する歓迎の気持ちがあちこちに溢れていることである。
走っていてもランナーに対する声援がすごい。青土ダムでの幟や鯉のぼりは迫力があり、各地点にいる記録員、給水所などの運営はすべて中学生が行っていて、「頑張ってください!」などと声を掛けてくる。非常に爽やかで、すがすがしい気分になる。元気な声でおじさんも応援してくれる。青土ダムの奥の集落では沿道にたくさんの地元の方が出てきて大声援。
25キロを過ぎた辺りからは、数箇所で農家の軒に手作りのケーキやジュース、柿、温かいお茶、バナナ、キャンデー、エアサロンパスまで用意してくれ、田んぼの真ん中のコースでは車でコース沿いまで、飴や飲み物を運んで来てくれて応援してくれる。
80歳と越えたお婆ちゃんも沿道のあちこちに出てきて、「頑張ってくれや!」と。
ランナーへのサポート、思いやりが行き届いていて目頭が熱くなる。毎年同じである。
いやそんな沿道の方が年々増えてきているように思う。
走るだけで満足するランナーもたくさんいる中で、これほど地域をあげて歓迎してくれるイベントはあまりない。
熊野地域でも地域が一体となったイベントがぜひ育ってほしいものだ。(20年かかったっていい)
土山の皆さん! 本日は有難うございました。また、来年も必ず参加しま~す。

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稲刈り終了

今年も稲刈りを終える事ができた。
いつも天気予報を気にしながらの作業になるが、今年はまったく気にせずに、先週の土日と今週の土日月とで順調にはかどった。
両親はぜんぜんそんなことが考えも及ばないことだと思うが・・
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昔ながらの稲刈りをやってみたいものだ。
まず、①鎌で稲をほどよい束(10株ぐらいかな)に刈り、
②昨年収穫したときに残しておいた稲わらを配り(束ごとに7本ほど)、
③配られた稲わらで刈った稲を束ね(このすばやく束ねる技術は伝承していきたいもの)、
④サガリという木や竹で組んだ簡易の干し竿を組んで
⑤これに束ねた稲を掛けていく
⑥2~3日干した後、(これからがせっかく乾いた稲を濡らしたくないのでお天気を非常に気にする行程だ)
⑦サガリから下ろし、運びやすいぐらいのある程度の大きな束にまとめる(ここでも稲わらから稲刈りまでにあらかじめ作っておいた縄が活躍する)
⑧脱穀機により籾(もみ)だけに
⑧籾を乾燥機に入れてさらに乾かす

今は稲刈り兼脱穀機であるコンバインが田んぼに直接入り、
終わると籾の入った網袋が転がり、それを乾燥機に放り込むだけで
いわゆる稲刈りが終了する。
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水稲を主食とする日本の水稲栽培やその収穫技術は確実に進歩し、1反当りの収量も向上してきたが、サガリに稲を天日干しする先人の営みは残していきたい収穫方法であり、作業は数倍大変になるがそれの方が美味しい米になるのではと思う。
石油乾燥とお日様乾燥のごはんを食べ比べてみたいものだ。

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観光ではなくどこか懐かしい田舎を目指す

どこか懐かしい田舎・・今では非日常的体験になるものを如何に整備していくか。
ほかでは絶対、体験できない時(時間)を過ごすことができる魅力づくり。

「碇」で、農作業体験(田植え、稲刈り、草取り)ができる。
「碇」で、芝刈りや草刈りができる。
「碇」で、川掃除ができる。
「碇」で、道普請(みちぶしん)ができる。
「碇」で、山刈りができる。
「碇」で、木こりができる。
「碇」で、収穫作業(稲、野菜、芋掘り、椎茸、山菜採り、栗拾い、栃拾い、柿狩りなど)ができる。
「碇」で、魚捕り(アマゴ、ウナギ)ができる。
「碇」で、遊ぶことができる。
すべてに共通させることは、やって楽しいものにすること。

今、碇では稲刈りの真っ最中・・
そういえば、9月6日日曜日は丸山千枚田の稲刈り祭りである。
みんな楽しく稲刈り体験をして、田舎を・・収穫の喜びを・・体感してほしい。

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碇の川

川の管理(草刈りなど)ができなくなってきたが、きれいにしておくと非常にすばらしい空間になることまちがいなしで、少しづつ草刈りを続けていこうと思う。
この夏、50mほど川岸の雑木などを切ってきれいにした。

ハエ、ムツは当たり前で、アマゴ、ウナギ、がぶ、タニシ、昔はニジマスがいたことがあった。川エビも少なかったがいた。
水めがねで石の間をひとつひとつ見ながら、川を遡っていくと、大きなアマゴがじっとしていることがあって、胸がドキン!と、ときめいたことを思い出す。

アマゴは塩焼きも美味しいが、寿司にしても美味である。

夕方30本から40本餌をつけた針にタコ糸を結び仕掛けておいて、翌日早朝に回収にいって、2~3匹のウナギがかかっていれば十分であった。
随分、山奥の谷まで登っていったので暗くなってきて、心細い思いをしながら家まで走って帰ったことがあったものだ。

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草ボーボーの代償

草ボーボーの状況があちらこちらに・・
久しぶりの草刈りだったが、刈ったあとの達成感というか、きれいになった状況に対し、単純に満足感が得られる。人がそこにはいるんだ・・ということが示せるような気がする。
昔は草を刈って、田畑の肥やしや牛の餌にするために草ボーボーという状況はなかった。
川原に生えている葦も畑に敷くために貴重な存在で定期的に刈っていた。なので、川で魚とりをして遊ぶことができた。釣り糸も垂らすことができた。
今では牛もいないし、肥やしも肥料・・どちらも必要がないために、草ボーボーになり猪などの獣が集落の中まで来て荒らし回る状態をつくってしまった。
ぜんまいやワラビがたくさん生えた「刈り寄せ」が、今では地中の根っこを掘り返され、むちゃくちゃな状態になってしまった。
高齢化や人口が格段に減った田舎では、これまでの田舎の景観すらも守ることができなくなってきている。

田舎を好きな・・草刈りが好きな・・土をいじくることが好きな人を求む。

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熊野倶楽部

熊野市金山町に整備をしてきた「里創人 熊野倶楽部」が17日開業する。
これまで、いろんな熊野を元気にする取組みを官民あげて取り組んできているが・どうもうまく続かない。若者が熊野をあとに都会へ、親もこんなところでおらんと都会へ行け!

今回の熊野倶楽部は何が違うか・・
外の血が入っていることだ。熊野のことを知らないので必死に勉強し、どう熊野を伝えるか真剣に熊野のことを考えているようだ。全国区だ。
外に対する発信力があり、外の財布のお金を熊野にどう落とさせるか。

これまでにないことが始まる。
これまでは外に発信して、わずかな観光客が熊野に来て見ても・・お金を落とすところがない。使えない。ボランティア的な奉仕の精神をなぜか強調して胸を張る。

堂々と気持ちよくお金を使わせる。

ここを核に(お手本に)地域の事業者が目覚めてほしいものだ。

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農家の女性の起業

農産物の販売、農家レストランなど女性農業者の起業が活発になってきているらしい。朝日新聞によると、起業件数が9,533件(H19年)と10年間で2.4倍だそうだ。
日々の暮らしに必要な食べ物を食卓に提供したり、スーパーで買い物をする主役はやはりおかあちゃんである。当然なことであるが生産者と消費者が同じなら両者の考え方にすれ違いは起こらない。
おとうちゃんの考える農産物販売所では、おかあちゃんの協力がないと、いや経営参画しないとうまくいかないだろう。
農産物直売所などでいったい何を売るか・・、その前に何ができるのか、考えないと・・

碇にあるもの、できるもの、生えるものを場所(耕作)別に並べてみた。
・田=うるち米、餅米
・畑=大根、白菜、かぼちゃ、ほうれんそう、キャベツ、高菜、春かぶら、こまつな、しそ、かぶ、しゅんぎく、みつば、人参、たまねぎ、ねぎ、にら、きゅうり、ナス、レタス、セロリ、パセリ、ちしゃ菜、水菜、アスパラガス、トマト、プチトマト、ピーマン、唐辛子、オクラ、トウモロコシ、たかきび、麦、きぬさや、エンドウ豆、そら豆、グリンピース、ブロッコリー、かいわれ菜、うり、じゃが芋、さつま芋、コンニャク芋、人参芋、ながいも、しょうが、土豆(落花生)、大豆、小豆、インゲン豆、にんにく、らっきょう、ごぼう、里芋、ずいき、赤茎、レンコン、いちご、すいか、メロン、キウイ、ヘチマ、ハーブ
・野=ミョウガ、ぜんまい、わらび、ゴンパチ(いたどり)、ふきのとう、ヨモギ、ふき、うど、わさび、クレソン、たけのこ、はちく、梅、すもも、柿、渋柿、びわ、梨、桃、イチジク、ぐみ、ゆず、キンカン、ぶどう、ユスラウメ、茶、にっき
・山=山芋(じねんじょ)、しいたけ、しめじ、マツタケ、ねずみの手、やまもも、あけび、栃の実、山いちご
 実に100種類もの野菜や果物などになる。
 次は季節別(収穫期)に並べる必要がある。
 それから、ひとつの野菜でもいくつもの種類に分かれること。
 それぞれの収穫量のチェックも必要である。
 量的に多くつくることを考えるのは邪道、少量多品種、季節もので勝負。
 加工食品になるものは何かをチェック。

 何が一番大変か・・・獣害? 鹿や猪、猿が見向きのしないものは? そんなもの人間も見向きもしない。

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新たな過疎

過疎に歯止めがかからない。
米を作ったって食べていけない。野菜を作ったって生きていけない。
モノを作ったって鹿や猿にたべられてしまう。何にもない。田舎では暮らしていけない。都会では働くところがあって、人がたくさんいて何だかわからないけど田舎よりは生きていけるんじゃないか。都会で成功してほしい。こんな田舎で成功できるわけがない。

田舎で生きるすべを考える若者がいなくなる。 いやその若者がいない。

おれは成功しなかったけど、おまえは何とか頑張ってみないか・・というお年寄りがいる田舎はこれからも生き残れると確信する。

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田植え終了!

今年も無事に田植えが終了したようだ。
最後のもち苗の生育次第で、この土・日は里帰りして田植え準備と考えていたが、その必要がなくなりほっと一息である。
里帰りをすれば、草刈り、道普請などやることは山ほどある。
碇集落へ通じる道すじには、車が通るところ以外の中央や両端に杉の枝やコケ類が覆っており、狭い道がさらに狭く感じる状況である。
5月の連休中、田んぼ仕事の合い間に少し作業したが、まだあと2日ぐらいかかる作業である。

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6月の田植え

今年の田植えは父の研究熱心から、「もち」の苗が小さくて田植えが6月中旬までかかりそうだ。
田植えの準備(汁つくり)が、6月までずれ込むのは、私の記憶にはない。

でも、50年以上前の手植えの頃には、6月が本来の田植えシーズンだったようだ。
これだけ遅く植えた稲が秋の穫り入れにどんな違いが出てくるか・・楽しみでもある。
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気がかりなのは、田んぼに箱ごと漬け込んだ苗・・
機械植えができるかどうか? すべて手植えになるかも・・
ちっちゃな田んぼが6枚だから、大したことはないか・・

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「荒」(1回目の耕しのこと)終了

今年も田んぼに水を引き、荒を終えることができた。普通なら1日で終えてしまう作業だと思うが、約5日ぐらいかけている。
まず、田んぼの周りを機械:カラスキで掘り起こし、その後、畦(あぜ)や岸の残った土や生えてきた雑草をクワや手できれいに取り除く作業を行なう。この一連の準備作業で3日ぐらいかかる。現在は畦にプラスチック製の板状のものを入れているので、いわゆる畦ソリの必要がなくなったので、一昔より省力化が図られている。荒を終わってからの汁つくり(2回目の耕しのこと)をするまでに、畦を泥で固めて水漏れを防ぐ作業も省略することができており、まさに一石二鳥である。
あと、苗が植えることができるまで成長を待って、汁つくりを行い田植え・となるのだが、田植え作業はあと2週間後になりそうだ。
今では他の地域と比べ遅すぎる田植えであるが、ここ碇ではそんなことはまったく気にすることなく、マイペースで行なうことができる。なぜって、当集落で作付けは我が家だけだからである。具体的には水を独占できることが一番大きな理由であり、まさに我田引水である。
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碇を守る「種蒔き」

今年4月26日、碇では(現在、稲作は1軒だけとなったが・・)稲の種蒔きを行なった。この時期に種蒔きをすると植えることができるようになるのは大型連休以降である。近隣地域の田植えは5月に入るまでに終えてしまう状況であるが、ここ碇では近年5月の連休に田起こし(荒と汁つくり)を終えて、5月半ば頃に田植えを済ませる段取りである。
世間は行楽に出かけて高速道路などは大渋滞・などとテレビのニュースを横目に農作業で泥だらけの連休を過ごすのが私の例年のパターンである。作付け面積は5反足らずであるが田んぼは20枚を越え、田植えができる状態にするのにたっぷり4日はかかる。(4日かけているといったほうが正確?かな・)
70歳を越えた父は、田んぼの作付けを今年はやめようかな?などと弱音を吐くことが多くなってきたが、今年は体の調子も良くそれを聞く事はなかった。
こんな山里で1軒だけ稲作を行なうということは、獣害が頭の痛い問題でいろんな事情が相まって、もうやめようか・・となるらしい。息子の私は止めてしまったら草ぼーぼーで住むこともできなくなる。大げさかもしれないが生きていく糧を失うことにもなりかねないと思うのである。だから父には、ここしばらくは作り続けてほしいとひそかに願っている。
種蒔きをすることができて、良かった。

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後継者

京都府立大学の宗田准教授は、三重県発行の「天海人」で『熊野を守ることは、熊野を担う次世代をどう作るかという問題である。』と指摘している
「熊野」を「地域」に、「碇」に、置き換えても同じことが言える。日本の地方の大きな課題である。
あと20年もしないうちに絶滅する集落は全国で2,000集落をはるかに超えており、危機的状況である。熊野古道を歩いていても、かつては集落だったんだという薄暗い杉林を通るところがある。
世界遺産熊野古道を後世に語り伝えよう・熊野の文化的景観を次世代の人たちに・・と熱心に訴えていても、そこに住む人がいなくなったら草ボーボー、そのうち人が立ち入ることができない鬱蒼とした山になってしまう。

自分の所有する土地、管理を諦めた山に固執(放置)したまま、都会で生活する全国の地方出身者の皆さん!自分の田舎をどうするか真剣に考え、行動を起こす準備を10年の計でじっくりと考えてください。
田舎のない都会出身者の皆さん!今後も生き残りたいと考えている地域は田舎の好きなあなたを歓迎します。遠慮せずご相談ください。

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民泊・民宿

本日の朝日新聞・過疎化が進む中、農家などの民宿が全国に約3700軒あって、増加傾向らしい。
田舎のあるがままを見せて、野菜などみずから収穫し、調理して食する。かつての最も基本的な生活スタイルの体験が、普段食べる物のすべてをスーパーなどからしか入手できない人たちにとって、価値があるということで受けているのだろう。
毎年体験に来ているうちに、その地域に惚れ移り住んでくる人もいるようだ。

野菜づくりや収穫、米作り・・小さいときからいやというほど、田んぼや畑の手伝いをはじめ、冬場には山へ入っては燃料とする薪をこり、椎茸を採るため雑木を2mほどに切り、菌打ち、風通しを考えて積み木などをやったものだ。(椎茸づくりは最近はしなくなったが) 
そういえば植林や山刈りも弁当持参で行った事を覚えている。今思えば貴重な体験だった。

今、田舎でものづくりをする上での一番の問題は獣害対策である。丹精込めて作ったものが一夜にしてなくなる。この碇では人の数が4人だから、確実に鹿や猪の数のほうが多い。少々の網を張るぐらいでは防げず、電気を通した垣を張り巡らさなければだめなようだ。
しかし・・なんと言っても究極の問題は、人がいなくなること。
井戸の中の蛙なりの様々な悩みを持っているが、地域を愛し、胸を大きく開いて田舎で暮らしたいよそ者を受入れていく大きな心を持つ人が多い地域がこれからも生き残っていくと思う。

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これからの作業

稲刈りが始まる前に、今年はぼうぼうの川沿いの草をやっつけることができた。
これから・・
ここ数年ほったらかしになっているところの草刈りを徐々にやっつけていこうと思う。
この川沿いは絶対である。この川では躊躇なく顔を洗い、水を飲み、子供の頃の魚とりを思い出す。
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この川といつでも遊ぶことができるように、いつまでもこのままで残していきたい。

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もともと人家は10軒ぐらい

「碇」はもともと人家は10軒ほどであったようだ。田んぼの状況から十数軒はあったのではと考えられるが・・

紀伊続風土記による記述は次のとおり
柳谷 神ノ上村の丑の方二十三町にあり
 村の東方谷の奥より一條の流水出で、西方に向ひ流るること三十余町にして末は北山川に落合ふ、渓流の岸に柳多かりしに因りて此の村名の起れるならん、碇谷は村の東南にあり、山を隔てて別に一部落をなし人家凡そ十軒ばかり有り、南にも又一ツの谷ありここを奥地谷といふ東方は有馬の荘と堺を為す。

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碇を美術館?に!

Img_1823 2008年1月2日、朝日を背中に受ける大きな岩山の上から撮影した、我が集落「碇」である。
 集落後方には松の枯れ木が目立つが、なかなか絵になる田舎であると思うのは私だけだろうか。
このような空間で、獣害や草木と戦いながら、田んぼをつくり、僅かな畑を耕し、柿を実らせ、わらび・ぜんまいなどの山菜を摘み、山からキノコを採り、川からは極上のうなぎを捕り、裏山から薪を切って冬の寒さに備えながら、健康で生活できれば、このうえない幸せを得ることができるのではないか。 いや・できる。


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碇の天狗倉(てんごうぐら)より

2008年1月2日朝、大谷峠へ登ってその横に坐っている大きな岩山に登った。この岩山は天狗倉(てんごうぐら)と呼ばれていて、子どもの頃も登ったことはなく、生まれて初めての登頂であった。
碇のほとんどが眺められるこの岩山は、碇のシンボルのような存在である。
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悲しい知らせ

碇在住の95歳のおばあちゃんがなくなったという知らせがあった。
最近は寝床から出られず、毎日娘さんが身のまわりの世話のために五郷町から通ってきていた。
碇の人口はこれで、5人から4人になった。たった1人の減少であるが、数字以上に重みのある出来事である。3軒5人から2軒4人に。
私が小学校6年生のときの人口は、確か7軒19人、32年間で15人の減少、当然のことながら減少の一途である。
神社、観音様のお祭りも十数年前までは、碇の住人だけでなく隣の柳谷からも子どもたちもやってきて、境内での餅まき(菓子も混じっていた)で賑わった。
私も柳谷の滝神社や観音様のお祭りには必ず遊びに行ったものだ。家族全員が当然のようにお参りに行った。祭りの後には父親たちが当屋の家に集まってご馳走やお神酒で語り合っていた。
今では餅まきはせず3軒に配っているようだ。

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碇の保存食、加工品

碇の自慢、やはり、旬のもの以外に漬物などの保存食や加工品も売りだ。
・タカナ(めはり寿司の葉っぱ) 今はお隣の五郷町が産地である
・大根(たくわん)
・大根の茎(ぬかづけ)
・きゅうり(ぬかづけ) どうも私の好物ばかり・・

・自家製の味噌、醤油、豆腐、こんにゃく
・梅(梅酒、梅干)
・ゆず(刺身などの香りづけなどに)
・渋柿(塩漬け、干し柿)
・雨湯(あまゆ)(米を醗酵させてつくる、冷たいもの)

まだ他にもあったような気がするが・・。

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碇の売り

わが集落の売りは何か? 無理やり考えてみる 思いつくままに・

・時間の流れがおそい(スロー)(のんびり、ゆったり) いわゆる田舎である
・水がうまい
・米が美味い(昼夜の寒暖の差が大きいのがいいのかな)
・春はぜんまい、ワラビ、イタドリ(ごんぱち)、茶、ウド、フユキ、ヨモギ
・夏は梅、ヤマモモ、スモモ、トチノミ、ビワ、ゆず、天然うなぎ、アメの魚(アマゴ)
・秋はホウキタケ(ねずみの手)、マツタケ、一本シメジ、千本シメジ、柿、渋柿、白菜
・冬は高菜(めはりの葉っぱ)、春かぶら

・山奥にもかかわらず、ケーブルTVが来ている(ブロードバンド)

・石造りの神社 伏拝(山大神、山之寺遥拝所) Jinnjya_3
Yamaookami Yamanotera

・庚申さま(2箇所)Kousin1 Kousin2

・六十六部供養塔(熊野市指定文化財(有形民俗文化財))66bukuyouhi

・ニッケイの大木(熊野市指定準文化財(天然記念物))Nikkeinoooki

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夢は大きく!

現在、碇地区で田んぼを耕作しているのは、私の両親だけである。あと何年続けてくれるか・・毎年もうようせん(もう農業をやっていくのは無理だ)と聞かされる。

両親たちにとって碇は住めば都・・・私のように碇を離れて暮らしている者からみると、この碇の良さがよくわかる。
田んぼも含め、これまでの長い歴史の中で育んできたこの碇をずっと残していきたいと思う。碇について知らないことがたくさんあることが最近判ってきた。それを明らかにしながら碇の将来を・・碇の生き残り方策をこれからじっくり考えていきたい。

こんな碇を応援してくれる方がいればぜひご一報を!大歓迎である!!

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